こう太のコーヒーとか

96 空白を抱きしめて

空白が好きだ。
そこにはなにもないけれど、たしかに空気は流れていて、時々、風の音もきこえる。
臆病だった頃のじぶんの姿や、さっきまで一緒にいたはずのきみの姿が、まだ、残っていて、ぼくは思わず、あのね、と話し始めた。
胸のなかにずっとしまいこんでいる、明るい不安と、真っ白い部屋の電球がつながって、ここには、ほんとうになにもなくなってしまう。

ぼくは、知りたい、と叫ぶけれど、この声はきっと、だれにも届かないようにできている。
反射的に、きみを愛してしまうのも、まぼろし。
だからぼくはぼくでいられる。まぼろしのことを、覚えていられる。

96 空白を抱きしめて あんなにも好きだった、きみがいたこの街が、これから空白に変わっていく。
抱きしめた。空白を抱きしめた。ほんとうは泣いていた。
まだ、やさしい香りに、ぼくは眠ったままです。
ほどけていく意識のひとつひとつを、思い出と呼んでしまうのは、こわいから、もうすこしだけ、ひとりでいたいと思った。

雨がやんで、しばらくして、ぼくは言葉を飲みこんだ。
やわらかい景色の一部、大切だった日々にも、ありがとうってちゃんと言えるんだよ。
きみやきみが、流れています。

文:山本こう太note
絵:kaori

×
sp
美味しさのヒミツ
sp
自家焙煎.com耳寄り情報
>